2011年1月22日土曜日

角守先生追悼記(5)

角守先生追悼記(5)
次に、小島さんからお聞きしたエピソードをご紹介します。

【エピソード1】
角守先生がホームルームの時に話して下さいました。角守先生が、子守を頼まれてベビーカーで散歩していた時のことです。先生は、何か考えごとをしながら子守りをしていました。どこかで子どもの泣き声がする。うるさいなと思ってベビーカーを見るとそこにいたはずの子どもが乗っていない。後ろを振り返ったら、自分の子どもが道に落ちて泣いていたということがあったそうです。クラスのみんなで、あの角守先生が、子守りをしていたなんで、意外だね、と言っていました。

そのことを、先日、ご生花を頼んだ時に、次女の方にお話ししましたら、そのエピソードをご存知で、その時、ベビーカーから落ちた子どもがお嬢様だったそうです。お母様から、後から聞いたそうです。

【エピソード2】
先生のお子さんは二人ともお嬢さんですので、養子をご心配されていたんですね。悩んだあげく、「私個人としては娘たちに婿養子を迎えて欲しいのだけれども娘の賛同が得られない。娘をどう説得すれば良いか教えて欲しい」と教え子の私にアドバイスを求めて電話して来ました。結局、1時間も電話で話して、ようやく納得してもらいました。

【エピソード3】
中2の冬、私は、先生と何かの問題で対立して、お互いに譲り合わないで、雪の降る日一日中、ストーブもつけず窓を開けたまま授業を受けたことがありました。私も頑固ですが、先生も頑固だったんですね。

どのエピソードも、どんなことにも真剣に対応する角守先生らしいものですね。

角守先生追悼記(3)

角守先生追悼記(3)
焼香をすませたあとに、三人で通夜振るまいをいただきました。話をしていますと、隣に座っていた白髪の人が大道中学校の話をしていましたので、私たちは大道中学校の角守先生の教え子だと告げると、その人も、角守先生が田浦小学校の6年の担任になった時の教え子と言うことでした。私たちより20才くらいご年配の方でした。角守先生が美術の先生だったと言うと驚いて、「角守先生は確か理科系でしたよ。算数が得意で理路整然と授業をされていた先生が、美術を教えていたなんて信じられない」と言っていました。

角守先生は、横浜国立大学の前身の師範学校の出身だと言うことも教えてくれました。私たちがデンスケというあだ名をつけて気軽にお付き合いしていた角守先生は、実は大変な人だったと言うことがわかりました。その人によると、角守先生は、出世競争などで、人と争うことが嫌いだったということでした。「勤めていた学校の先生の間で争いごとか何かがあって、それに嫌気がさして、一戦を退く形で大道中学の美術の先生になったのではないか」と言っていました。

料理も少なくなってきて、まわりのお客さんも少なくなりましたので、お開きにしました。帰りは、衣笠駅から横須賀線に乗って逗子まで出て京急で六浦に出ました。小島さんと別れ、真塩くんと大道に向かって歩き出しました。途中で栄屋の店先を見ましたら、松本くんがいましたので寄って話をしました。角守先生が亡くなったことは、知らなかったと驚いていました。次の同窓会でも会えると思っていたのに残念だ、と言っていました。僕も真塩くんも大きくうなずきました。

角守先生追悼記(4)

角守先生追悼記(4)
北海道にいる大久保くんからメールが入りました。大道中学のホームページを見て、角守先生の思い出を送ってくれました。こんな話が書いてありました。
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廣瀬君にも話した事があるかもしれませんが、中2の時、角守先生が担任でした。家庭訪問があり、当日は、昼過ぎに私の家に来ることになっておりました。当時、父親が事故療養中で家におり、母親は働きに出ておりました。夕方、当然もう家庭訪問は終わって、先生は帰っていると思いながら、先生が何を話されたか心配しながら玄関を開くと、なんと 顔を赤らめて、酒を飲んでいるデンスケが居るではないですか。その後の記憶は定かではないのですが、先生と話した記憶がないのできっとバツが悪くて、そそくさと帰られたのだと思います。

親父の話では、角守先生は陸軍士官学校出の中尉さんで戦時中の話で盛り上がったとの事でした。士官学校出という事は超エリートだったと、後で知りました。記憶力は全く衰えましたが、この件は あまりにもあり得ないことだったのではっきり覚えております。私の家の後、家庭訪問の予定だった人はどうなったのか知りたいものです。多分、南川地区のクラスメートでしょうが、誰かは覚えてません。私の父は、1925年(大正15年)生まれで、存命であれば今年満86歳ですから、角守先生より3歳位下だったのですね。その父も3年前に他界しました。
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大久保くんの話からも、角守先生は、エリートだったことがわかります。何を言っても怒らない好々爺のようにふるまっていた角守先生は、実は、何でも知り尽くしていて、それを外に出さない人だったのではないかと思いました。大久保くんの話と通夜振るまいの席で田浦小学校時代の教え子と言う人から聞いた話を合わせると、角守先生は、陸軍士官学校を出て中尉になり、戦争が終わってから師範学校で教師になる勉強をされ、田浦小学校の教師になり、その後で大道中学に赴任したことになります。

角守先生追悼記(2)

角守先生追悼記(2)
次を書く前に、伝えたいことがあります。実は、真塩くんと同じビルで仕事をしていることが昨年、分かったんです。前回の同窓会のあとの週明けに会社の電話に知らない番号から着信がありました。真塩くんは自信なさそうに、「もしかしたら、大道中学を卒業した廣瀬さんですか?」というような切り出しだったと思います。「もしかしたら、真塩くん?」ということで、すぐに真塩くんの執務室がある2階に行って会いました。

スーツ姿の真塩くんは、同窓会の時とは印象が全く違っていましたが、確かに、20年前の同窓会に若い奥さんを同伴してきた、あの真塩くんでした。私と真塩くんは、違う会社に勤めていたのですが、それぞれの会社が同じグループに統合され、現在の門前仲町のビルに集められたのでした。こんな所で再会できるとは夢にも思いませんでした。人生の妙を感じました。

ということで、休み明けに社内メールで、真塩くんに角守先生の訃報を連絡しました。すぐに、折り返し電話があり、一緒にお通夜に行こう、ということになりました。

お通夜の日、会社を早退して二人で会社を出ました。門前仲町から大門に出て都営浅草に乗り、品川で京急の快速に乗り換えました。運良くボックス席に座れて色々な話をしているうちに横須賀中央につきました。そこから、高校を卒業して何十年ぶりかで衣笠駅行きのバスに乗りました。衣笠駅は昔に比べて随分賑やかになっていました。三浦高校の方に向かってしばらく歩くと葬儀の会場の大明寺の看板が見えました。

ようやく着いたかと思ったら、長い参道がありその先に急な石段が立ちはだかっていました。二人で、ここで良いのかなあと言いながら登ってみると大明寺がありました。大明寺は建長五年(1253年)に建てられた日蓮宗のお寺で立派な山門がある大きなお寺でした。角守先生のお通夜の会場は左奥の建物でした。その前に置かれたストーブの前で小島さんに会いました。三人でまとまってお焼香をしました。飾られた写真は、大道中学の美術室にいた角守先生と少しも変わらない、若々しい写真でした。祭壇の左側に、大道中学校7期卒業生の生花の札がありました。

2011年1月21日金曜日

角守先生追悼記(1)

お正月気分がようやくぬけた平成23年1月16日の夕方の7時頃、福本くんから、突然、電話が入りました。角守先生がお亡くなりになったと言う訃報でした。昨年の同窓会での元気な印象が鮮明に残っていましたので、本当に信じられないことでした。福本くんからホームページで、大道中学の卒業生たちに、知らせて欲しいと言うお願いがありましたので、すぐに同窓会のホームページを更新して、アドレスを知っている人には、下記の訃報のメールを送りました。

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【訃報】
突然のご案内ですが、角守先生がお亡くなりになりました。
昨年の同窓会では、お元気でしたのに信じられません。
ご冥福をお祈り申し上げます。(1月16日 20時 福本君からの連絡)

下記の通り葬儀の日程を、掲示いたします。出来るだけ多くの方にご連絡下さい。

【日時】
お通夜 平成23年1月19日(水)19時〜20時
告別式 平成23年1月20日(木)10時〜11時

【場所】
大明寺
横須賀市衣笠栄町3-77 TEL 046-851-1760
ホームページ http://www.daimyoji-n.or.jp/

【行き方】
・JR線利用の方:衣笠駅下車徒歩10分
・京急線利用の方:横須賀中央駅下車 衣笠駅行きバスにて衣笠駅下車徒歩10分
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前回の同窓会の幹事の小島さんたちと相談して、私たち、7期同窓会で生花をお願いすることにしました。小島さんが角守先生宅に電話して、次女の方に、二万円の生花をお返しなしということでお願いしてもらいました。お金は、前回の同窓会の残金から出させていただきました。事後承諾になりますが、7期の皆様には、この紙面をもって幹事に代わりご報告いたします。

小島さんは、角守先生宅の次女の方から、こんな、お話を伺ったそうです。角守先生は、昨年の同窓会の時にも、右肺に水が溜 まってたけど薬を飲みながら元気に動いていたということでした。4年に一度の7期の同窓会楽しみにしていたそうで、家族の心配をよそに、事前に自分で横浜まで行って会場の下見もしていたそうです。

その後、入院もなく、1月10日の成人の日も家族みんなでスキヤキをしたりして楽しんでいたようです。しかし、急に16日の朝、起きて来ないので、家族が見に 行ったら、眠ったように亡くなっていたということでした。享年九十歳、本当に大往生だったんですね。馬場くんから、昨年の同窓会で撮影した写真を送っていただきましたので掲載します。(在りし日の角守先生 平成22年11月13日(土)横浜国際ホテルにて撮影) 

2011年1月16日日曜日

【訃報】角守先生がお亡くなりになりました

【訃報】
突然のご案内ですが、角守先生がお亡くなりになりました。
昨年の同窓会では、お元気でしたのに信じられません。
ご冥福をお祈り申し上げます。(1月16日 20時 福本君からの連絡)

下記の通り葬儀の日程を、掲示いたします。出来るだけ多くの方にご連絡下さい。

【日時】
お通夜 平成23年1月19日(水)19時〜20時
告別式 平成23年1月20日(木)10時〜11時

【場所】
大明寺
横須賀市衣笠栄町3-77 TEL 046-851-1760
ホームページ http://www.daimyoji-n.or.jp/

【行き方】
・JR線利用の方:衣笠駅下車徒歩10分
・京急線利用の方 横須賀中央駅下車 衣笠駅行きバスにて衣笠駅下車徒歩10分

2010年11月14日日曜日

第6回大道中学校同窓会報告(昭和45年(1970年)卒業)

日時:平成22年(2010年)11月13日(土)18時〜20時(二次会〜23時)
場所:横浜国際ホテル(http://yokohama.khgrp.co.jp/
幹事:福本くん、中川くん、女屋さん、早川さん、小島さん、坂本(斉田)さん
出席者:写真参照
恩師:角守先生、阪柳先生、村松(鈴木)先生


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APECの開催と重なり、厳戒体制の横浜で同窓会が行われました。第1回が1991年の10月に行われ、その時の幹事だった坂本(保坂)さんの4年に1回の11月の第2土曜日に行おうという呼びかけで、第2回(1994年)、第3回(1998年)、第4回(2002年)、第5回(2006年)、第6回(2010年)と順調に回を重ねることができました。

今回は、45名の方に出席いただき、盛大な催しになりました。いつもは立食が多かったのですが、今回は、幹事さんの計らいで、本格的なホテルのフルコースの料理を堪能させていただきました。お元気な先生方にもお会いでき、還暦に近づいて少しくたびれている生徒たちも元気をもらいました。幹事のみなさん、お忙しい中、このような素晴らしい会を企画していただき、ありがとうございました。

同窓会は幹事代表の福本さんの進行で、粛々と進められました。馬場くんによる我々と同世代(昭和29年、30年生まれ)の有名人の紹介と、先生方のお話がありました。

私たちのテーブルでは、角守先生の年齢当てゲームというもの密かにやっていました。72歳から92歳と、ばらついたのですが、正解は90歳ということで驚きました。年齢を感じさせない元気な姿には脱帽する以外はありませんでした。現在は奥様と過ごされており、好きな絵も描けないくらい忙しい毎日を送られているというお話がありました。大道中の生徒に助けられながら教師を務めたという、ありがたいお話があり、いつまでも謙虚な姿勢が若々しさの秘訣ではないかと思いました。

阪柳先生は、一戦を退かれて、絶滅が危惧されている葉山メダカの保護の活動をされているということでした。先生は技術室で油にまみれて機械いじりをしていたという印象が強いのですが、小さな生き物の保護ということに目を向けられているのは意外な感じがしました。地元の小学生にもお話をされていると言うことで、私も葉山メダカの保護についての先生のお話を詳しくお聞きしたいと思いました。

村松先生は、笹下中学を最後に五年前に定年退職され、4年間,教育委員会で不登校の生徒の支援をされ、その後、私立の横浜学院という学校で、生徒の入試対策の仕事をされているということでした。現在も現役でお元気にご活躍されているということで、大道中学で教鞭をとられていた時のバイタリティをそのまま保ち続けているというのはすごいと思いました。

二次会は、近くのビッグエコーで行われました。(http://www.yokohama-5bangai.com/bigecho/index.html)堀田くんの司会で30名くらいが参加しました。焼酎が薄いというソムリエの栄屋の松本くんの指摘がありましたが、懐かしいグループサウンズのメドレーなどをみんなで歌ったりして大いに盛り上がりました。最後に、4年後の再会を約束してお開きとなりました。良く覚えていませんが、横浜のビッグエコーを出たのが11時くらいと記憶していますが、何時に家についたかは記憶にありません。

大道中学のたった3年間だけ一緒に過ごした仲間たちが、40年もの長い間、付き合い続けていると言うことはすごいことだと思いました。次は、4年後ですが、その間にも様々なことが起きると思います。くじけそうになった時、同級生のみんなも頑張っていると思えば乗りこえられそうな気がします。とにかく、元気でいることが大前提ですので、身体に気を付けて、次回の同窓会でお会いしましょう。
なお、次回(第7回還暦お祝い同窓会)の日程、幹事は以下の通りです。

実施日:平成26年11月11日(土)
幹事:木川くん、小花くん、坂本(保坂)さん、鈴木(山田)さん、廣瀬